ブログを3年やって得られたもの

本日、2020年7月11日をもちまして、

当ブログ「タヌコロリ」はちょうど3年目を迎えました。

 

もともとは住友林業さんで家を建て始めた時に、

ふとネットで欠陥住宅のブログを見つけてしまったのがキッカケでした。

でも、もともとブログを書いていた自分としては、

どうせなら今までのマイホーム遍歴も書きたいなと思い始め、

ついでだから車の話も書きたいなと、

もっとついでに自分の趣味的な話も書きたいなと、

そう思っていたらブログへの期待がどんどん膨らんで、

記事数も現時点で718記事です。

 

僕のブログ(ホームページ)歴は西暦2000年からですが、

この3年ほどブログ執筆に熱を入れた期間はありません

 

我ながら、よくこんな記事数を書けたものだと思います。

今日はブログを書いたことで得られたものについて、

だらだらと雑談をしたいと思います。笑

 

ブログが続かない人は3年がんばれ!

しかし、石の上にも3年と言いますが、

3年目というのは何かと1つの区切りの年として使われます。

 

うちの父親からも生前に、

「(お前は飽きっぽいから)何事も3年は我慢してやらなあかんよ。」

とよく言われてました。苦笑

 

3年の根拠は?

といっても多分あまりないんだろうと思いますが、

1つ思い当たるのは、

「人間の細胞は3年で全て入れ替わる」

ということ。

 

※ まあネットで検索すれば3日だの、3カ月だの、6年だの、

色々ありますが、石の上にも3年という格言もあるので、

3年ということにしておきます。笑

 

つまり、3年間同じことをやっていれば、

細胞がそれ用に生まれ変わるということかもしれず、

ブログを3年もやっていれば、

細胞がブログ仕様になるという、そういうことかもしれません。笑

 

ブログを書かないとストレスになる状態

僕はあまり集団行動は得意ではないのですが、

3年ほど同じ会社でサラリーマンをしていた時、

いざ会社を辞める間際になると、

「なんて快適な職場だったのだろう」

「こんな快適な職場を辞めるのは非常にもったいない」

と思ったほどです。

最初でこそストレス満載でしたが、

3年もたてば慣れ過ぎと思うほど慣れるということですね。

細胞がその会社仕様になるんでしょうね、きっと。笑

 

なので、3年も真面目にブログを書き続けていると、

ブログを書かないと、変なストレスになるのです。

ある意味、慣性の法則のようなものです。

 

なので「ブログが続かない」という人は、

この状態を目指すことが1つの目安かもしれません。苦笑

3年ほど頑張れば、たぶん、そうなりますよ。

 

ブログ以外で得たものの価値

さて、ブログというものを3年も頑張ったのですから、

そろそろ別の「やりたいこと」をやらないと、

人生が終わってしまいかねません。笑

 

なので、3年という期間は最初に決めていました。

楽しいからそれをやるのは僕のポリシーではありますが、

どうせならブログを収益化させようと思ったんですよね。

楽しみ7割、実益3割くらいの割合ですかね。

 

まあ、実質的には、ただブログを書けば、

それが勝手に収益になるので、その意味で楽しみ10割ですけどね。

 

収益は期待値未満だけど、まずますではないでしょうか

でも、たとえ3割でもやるからにはちゃんとやろうと。

3年間は気分が乗らない時も無理やり感情を盛り上げて、

何かしら書こうと思っていました。

途中で投げ出すのはやめようと最初に誓ったのでした。

さらに正直な話、

3年やって思わぬ成果があったら、もっと力を入れよう!

と思ってましたが、それは起きませんでしたねー。苦笑

 

アクセス数やブログ収益については以前にも書いた通りで、

さほど成果は上がっていません。

まあ、トータルすれば予想していなかった成果ですが、

真面目に収益化に取り組んでいる人から見たら、

笑っちゃうような成果ですので、

あまり偉そうに書くことはできないです。

 

しかも先日2020年5月のGoogleアップデート以来、収益50%減です。苦笑

 

でも、この仕組みが30年くらい続いてくれれば、

年金生活になっても、ほんの少しは足しにはなるかなと思います。

期待値以下でしたが、大失敗でもなく「まずまず」かなあとは思っています。

 

これからは書きたい時だけブログ書きます

が、そんな期待もしてはいけないくらい世の中の動きは早いです。

新型コロナでいきなりおかしな世界になってしまって、

これからも何が起こるかわかりません。

例え世界が滅びたとしても、古代メソポタミアの石板のように、

このブログが永遠に残ってくれれば、

まあ書いた甲斐はあったと思うのでしょうけど、

所詮、巨大な自然現象、例えば太陽フレアが一発起これば、

一瞬で消え去ってしまうデジタルデータです。苦笑

 

所詮ブログとはそんなものですが、

今の時代を生きる誰かの記憶に少しでも残ればと、

その程度の感覚で今後は細々と続けていこうと思います。

 

やっぱりブログは書いてて楽しいですからね。

何かを書くために無理に感情を盛り上げずに、

本当に楽しい!とか書きたい!と思える時にだけ書くようにします。

 

漫画とかSNSとかブログが無かったらやってなかった

それに、「楽しいこと」からは色々と得るものがあります。

例えば、ipadで漫画を描くことなんて、

ブログを始めてなかったら生まれてこない発想でした。

 

子供の頃に楽しみで書いてた漫画が、いつの間にか苦痛になりましたが、

再び楽しみで書くようになりました。

あと、SNSもブログの宣伝の為に始めたようなものですが、

情報発信とか意見表明に使えたり、

普通にフォロワーさんとのコミュニケションだったり、

自分とは違う人の趣味や興味・考え方についての発見など、

想定していなかった得るものがありましたね。

 

こうして3年もやればブログ以外にも色々と波及して、

新たな発見や新たな「やりたいこと」も見えてくるのです。

このブログの結果だけを見れば収益云々よりも、

それ以外の方が僕の生き方に影響を与えていますね。

 

自分語りは楽しいですよ

楽しいと言えば、ブログをやっていて気が付いたこと。

それは自分語りの楽しさです。

 

僕の性格上、自分語りは重要なことでして、

自分語りのない辞書的なブログだけ書いていたら、

きっと3年も続けられなかったでしょう。。。

 

自分語りで、自分の人生を残す、記録するということが、

誰も認めてくれない自分という存在を唯一救ってくれる方法、

そういう自己セラピー的な効果があるのかもしれないなと、

そう思う時もありましたが、

(若干、大袈裟ですが…。苦笑)

 

でも一つ言えるのは、

世の中のブロガー(アフィリエイター)さんのように、

リアルに「ブログで稼ごう」と思ったら確実に挫折していたということです。

 

自分語りはSEO効果が無いと言うけれど・・・

まあ、ブロガー界隈では「自分語りはSEOの効果がない」という人が多いですし、

自分語りそのものが、今の世の中では「悪」みたいに扱われてますけどね。苦笑

なので収益化とはそもそも反する内容なのかもしれません。

 

そりゃそうです、多くの人は、そこら辺の一般人、

しかも赤の他人の人生など興味ありません。笑

ましてや犯罪まがいのヤンキーの武勇伝などなおさらです。。。

 

実際、自分語りの昔話を書いても、実際にあまり検索されませんし、

検索されたとしても一瞬で「戻る」ボタンを押されてしまってるかもしれません。笑

(場合によってはゴミ記事となって他記事の評価も下げ兼ねないですね。汗)

 

ただ、世の中で「悪」とされていることに対して、

「本当にそうか?」

と疑ってみて、

「なんだ、ぜんぜん悪じゃねーじゃん!」

ということを発見するのも面白いですよ。

 

それに、本質を敢えて隠して逆手にとって、

悪意で人を巨大なタイタニックへ乗せる人たちもいるわけですからね。

 

ま、そこは本日の本題ではないのでさらっと流しますが、

でも今は昔と違って誰もが自由に情報発信できますから、

ぼそっとでも「ちがうんじゃね」って呟いておけば、

そのうち誰かが気が付いて広まるだろうって思うんですよね~。

 

赤の他人の「自分語り」も好きなんです

ただ、僕個人は、それにも増して、

昔っから「他人の自分語り(身の上話)」が大好きなんですよね。

 

もちろん、どうでも良い人や嫌いな人の自分語り、

とくに武勇伝には反吐が出るほど聞きたくはありませんが、

身内であったり友達であったり、

少しでも縁ができた人の昔話はついつい聞き入ってしまいます。

仲よくなれば武勇伝も聞いてしまうでしょう。笑

 

ていうか「自分語り」の本質ってそういうことですよね。

少しのきっかけ、少しの興味です。

 

実際「家ついて行ってイイですか」とか大好きなTV番組です。笑

ロクデモナイ人生の人とか出てきますが、とても興味深いです。

あと、「ポツンと一軒家」も、ポツンとした家に興味というよりも、

そこに住む人の人生の話の方が楽しかったりします。

 

でも、上の2つは人気番組ですからね。

いや、かなり人気だと思いますよ、僕の周りでも好きな人は多い。

それを考えると、自分語りって実は演出次第で面白くなるんですよ。

ま、それに気が付いてない(◎◎の1つ覚えで「自分語りは悪」と言ってる)人が多い今が、

コンテンツ的にはチャンスなんでしょうけどもね。苦笑

 

僕のブログは誰に読まれているのか?

ちなみに僕はこうして家ブログを書いてますが、

アクセス解析を見る限り現在建築中の人以外にはあまり検索されてないようです。

 

何に興味がある人に僕のブログは読まれているか?

ざっくりと、家>車>人生&都市伝説>食&旅 という並び順でしょうか。

ま、それは検索ワードのランキングででわかります。

 

僕、個人に興味を持ってくれている人はいるのか

まれに「こいつおもしれえ」と思ってくれたりする人は、

僕の昔話記事とかも読んでくれるのかもしれませんが、

そういう人は一気に10話、20話くらい連続で読んでくれてます。

それが誰かまではわかりませんが、ありがたいことです。

 

つまり、最初にほんの少しだけ興味を持ってくれれば、

僕の人生もドラマみたいに面白いってことかもしれません。笑

とはいえ、基本、僕の昔話がブログ全体で見て人気記事になることはありませんけどね。

(2記事ほど、予想外の大人気記事になってますが、それは例外。苦笑)

 

でも、僕の場合は他人に興味を持つ持たないは別として、

最初からドラマ志向でして、

他人の辞書的なブログはあまり読む気がしなくて、

振り返れば、その人の物語が入ってるブログばかり読んでますね。

そこが面白ければ「家」とか、もはやどうでもいいのです。笑

 

ていうか、一般論として積水ハウスの断熱性を語るブログを読むくらいなら、

営業さんに聞くし、なんならカタログを見るよって話ですからね。

 

だったら例え贔屓目が入っていたとしても実際に住んでる人のブログを読みます

さらに、その人が個人情報をオープンにしていればしてるほど、その内容の信憑性は上がります。

素直に感情移入ができます。

逆に文末に資料請求があったりすると、

一気に冷める人が多いのはそういうことですね、

感情移入できなくなるのです。苦笑

 

それに、物語の内容が濃ければ濃いほど次回が楽しみになりますからね。

例えばトラブル記事なんて、まさにそれですが、、、

まあ、世間体を気にしたり、恥をさらすことを嫌う人はあまり書かないでしょうけど、

そういう記事の方がためになるし興味を引くものです。

 

正直、物語が入ってないと嘘くさく感じるという理由もあるんですが、

まあ、要するにバランスかなって思うのです。

例えば、その嘘臭さや胡散臭さを緩和してくれるのが、

実は自分だけの物語であったりするんですよね。

 

嘘は書いてないけど行間を読んでほしいのです

でも先ほど、贔屓目が入っていても個人的な話が聞きたいと書きましたが、

そのあたりの加減もまた難しいんですよ。

 

僕自身もね、

「いやあハウスメーカーさん、みなさん、本当にありがとう!」

「素晴らしいです!」

「感謝しかありません!」

って書いてますけど、

読む人が果たして「100%純粋に僕がそう思ってる」と思ってるんでしょうかね?

と思って書いてますよ。笑

 

「うそくせえな、天使みたいなセリフ吐いてんじゃないよ!」

って思ってる人もいるだろうなあって考えながら書いてます。苦笑

 

いや、そりゃあね、もちろん100%じゃないですよ。

嘘ではないですが、純粋に100%かと言ったらそれは嘘です。

 

だいたい言いたいことを全部書いたら社会生活なんかできやしません。

30%くらいは、ぐっと我慢して誰にも言わずに墓場まで持って行くのです。

 

ん、30%て多くね? 笑

 

でもね、、、

その30%を、僕は、読む人に察してほしいわけです。

できれば、、、ですけどね。笑

 

あぁ、タヌコロさんは、あんなこと書いてるけど、

本当はもっとつらかったんだろうね。

本当はもっと嬉しいんだろうね。

タヌコロさん、まるで天使みたいなこと言ってるけど、

本音はもっとキッツイセリフも言いたいんだろうな。

みたいに気が付いてくれる人は気がついてくれるわけです。笑

 

もちろん少々の誤解があってもいいです。

でもまるごと100%真に受けないでねってのは言いたいですね。

 

戦争や暴動が起こらない限りブログは続けます

ま、結論としては何なの?と言われれば、

これからもブログを書きたいなと思う分だけ書き続けます。

 

新型コロナで変な世の中になってきてますが、

言論の自由だけは失ってほしくないですね。

でも日本はアメリカのように暴動が起きてないだけ幸せですね。

ほんと限りなく嘘くさい暴動ですけれども、

そういえばアメリカも選挙ですしね。

 

やはり暴力ではなくて言論です。

誹謗中傷は決して言論ではありませんけども、

まあ、それを自民党の議員が言うとウソクサイんですが、

でも、そういうことです。

 

日本が平和たる所以ですね、

この平和を嘘くさいコロナ禍で失ってはいけません。

このご時世、何を言っても意見が分かれます。

それを恐れてはいけません。

 

批判を恐れていたら求めている人の目に触れない

そもそも何を書いても気に入らない人はいるものです。

一般に100人いれば20人は敵がいるものです。

しかし20人は味方で、残り60人は何の関心も示さない人なのです。

有名な法則です。(気休め程度ですが。)

 

実際、ただ意見が異なるというだけで怒りを抑えられない人もいるでしょう。

他人の自己実現を自己顕示欲の表れとしか見られない人もいれば、

ブログなど自己正当化の手段だと断じる人もいることでしょう。

 

でも、もしそうだったら、

僕はそもそもこんなリスキーなブログを書かないわけでして、

ただ自分のためだけならば、

もうすでに僕は今の人生、今の状態で満足なのでして、

ガーデニングして美味しいもの食べて暮らします。

ブログを書く時間はキングダム全巻買って読む時間に代えますよ。笑

 

批判する人がいれば、必ずそうでない人もいるわけで、

SNSなんかでは100個のイイネよりも、

一人二人のクソリプの方がダメージが大きいものです。

そこに早く気が付いて負の感情に引きずられずに、

逆に一人でも自分の意見や考え方に対して好意的な人がいたら、

そこに幸せを感じることが重要だと思うんですよね。

 

ま、ある意味で、自分を求めていた人と巡り合ったワケです。

ついに自分の考えをわかってくれる人がいたぞ!って感じです。

その人は困りに困って、藁をも掴む心境だったかもしれません。

その人を助けられたかもしれませんよね。

それを一人や二人の批判やクソリプで自ら消してしまうのは、

とても残念なことだと僕は思います。

 

え、大袈裟?

いや、でも、そういうことなんですよ!

 

逆にその「幸せ」というか「報われたという気持ち」を、

何かの拍子にほんの少しでも垣間見ると本当に元気が出ます。

それが、ブログの楽しさの1つでもあります。

 

どうせ100%伝わらない

とはいえ、15年くらい前にブログを書いてた時に、

実際に僕と会った人は

「ブログと印象が全然違う」

という人ばかりでしたけどね。苦笑

 

まあ、そんなもんですよね。

文字では100%は伝わらないんですよね。

 

それをわかっているからこそ、

読者の誤解や批判を(逆に)恐れないようになったというのもありますけどね。

どうせ100%伝わらないって思うようになったのです。

 

というわけで、とりとめもなくなってきたので、この辺りで終わりますが、

まあ、これからは書きたい衝動がピークになった時にだけ、

ブログを書くようにします。

まあ、とは言っても、かなり書きたいことがたくさんあるので、

今もまだ5本くらい書かないとピークが収まんないんですけどね。

なので少なくとも週に1本は書くんでしょうけどねえ。。。苦笑

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