火水伝文の予言

毎度おなじみ都市伝説シリーズですが、

その中でも少しだけ人気の「予言」シリーズです。

今回は、火水伝文という謎の文書について紹介します。

 

実は火水伝文は以前にも少し触れたのですが、

日月神示などと同じ系列と言われています。

ていうか、ズバリ日月神示の続編ということで書かれたものなのです。

 

ですが、、、なかなか世の中では認められてないというか、

疑問を投げかける人の多い書物でもあります。

というわけで、今日は謎の文書、火水伝文の予言の話です。

 

火水伝文とは何か?

上のブログ記事の中で、火水伝文について軽く触れました。

もう一度おさらいで簡単に火水伝文を紹介します。

火水伝文はだれが書いたのか

火水伝文とは、我空徳生さんという都内のデザイナーさんが、

いわゆる「神がかり」状態で書いた書籍です。

 

神がかりとは何か、

それは、ある日突然、文章が頭の中にビジュアルで浮かんできて、

それを紙に写し取るまで消えなかったそうで、

最初は仕方なしに本にしたそうです。苦笑

 

ちなみに一般の本屋さんでは販売していません。

当時、平成四年ごろに都内の一部の家庭にだけポスティングでちらしを撒いて、

注文があった分だけ我空さんが印刷して配ったそうです。

 

なのでAmazonとかでも買えませんし、

一見して売ってるように見えても、実は火水伝文の解説本だったりします。

下の本は全文が書かれているわけではないので注意しましょう。

 火水伝文の「言いたいこと」

火水伝文はその本文(あとがき)の中で、

「日月は経綸の計画書じゃ。火水は経綸のワケじゃ。」

と説明しています。

さらに、火水伝文を読む前に日月神示を読めとも書かれており、

完全に日月神示の続編として書かれているのです。

 

ただし「ワケ=訳=理由の書」というだけあって、

言霊・数霊など難解な概念が多くて、

いまだに僕の頭では理解できていない部分が多くあります。

 

でも、最終的に言いたいところは「三真釣り持ち行く」ことであると、

火水伝文は主張していると僕は個人的に思っています。

なぜなら、「三真釣り持ち行く」というフレーズが大事なポイントでたくさん出てくるからです。

何かに付け三真釣り持ち行く申すは、口と心と行いを、少しも違えず行に結ぶことでござるから、【違えず行に結ぶこと】だけを念頭に、身欲損得を捨てて行じて下されよ。考え深くあるよりは、真釣り深くありて下されよ。

口を慎み、心を慎み、行を慎み、三真釣り持ち行くことが、汝の足元を払い清め、メグル響きを真釣る響きに換え行くミチざ申すこと、ハラに入れよ。良いな。口慎まれよ、行慎まれよ。

日月神示でも、「口と心と行と、三つ揃うたまことを”みこと”といふぞ」と書かれていますが、

結局ここにたどり着くわけです。

 

でもこれって仏教でも言われていますよね。

仏教にも「身口意」を磨く、一致させることが重要だという教えがあります。

結局いろんな教えがあっても、大事なことはみんな同じなのかもしれません。

 

他にもいろいろと火水伝文には書かれているので、それをこれから書きますが、

でも、ある意味で、これがすべてな気がするので、ここで終わっても良いくらいです。苦笑

 

火水伝文を手に入れろ作戦(笑)

少し話はそれますが、火水伝文を読むまで、実は長い道のりがありました。

この章は「愉快な思い出話」なので、読み飛ばしても大丈夫です。笑

 

さて、僕が火水伝文の存在を知ったのは多分1995年ごろ、

まさに先ほど紹介した下の本からでした。

ほうほう、こんなものが日月神示の続編として存在するのかと。

でも本屋には売ってないし、一体どうしたらよいものか。

何とか手に入れる方法は無いだろうか。

 

都内の一部の人が持っているのならば、

どこかの古本屋に流通しているかもしれないけど、

ごく少数部数の印刷みたいだし、古書でさえ流通の可能性も低いだろうし…。

 

そこでふと思いつきました。

当時僕は大学生でお金がありませんでしたから、

よく本屋さんへ立ち読みに行きました。

立ち読みで読む本の一つに「月刊ムー」がありました。笑

 

記憶があやふやなのですが、確か月刊ムーの中に文通コーナーみたいなのがあって、

そこで「火水伝文を持っている人、譲ってください」みたいな投書をしたのです。

いや、その逆で、「火水伝文を譲ります」という人を見かけて返事を書いたのかもしれませんが、

いかんせん、20年以上昔の話なので覚えていません。苦笑

(デイリーanかじゃマールだったかも…)

 

でも不思議なことに、その人の名前はハッキリ覚えています。

もちろん、ここでは伏せておきますが、「Bさん」としましょう。

 

偶然かと思いますが、僕は相手の名前、または顔を見ると性格がわかります。

霊感とかでなく、今までの経験上だと思いますが、だいたい顔の系統が同じ人は性格も似てるのです。

名前にも同じことが言えて、今回その人の名が「Bさん」と聞いて、かなり嫌な感じがしたのです。苦笑

「火水伝文も持ってるぜ」って人

しばらくしますとBさんから封書で返事が来ました。

読んでみると、いきなり古史古伝系の話に興味があることが書かれていました。

「今はホツマを研究しているところです」

ほうほう、なるほどねと、と読み進めると、

なぜか火水伝文じゃなくて、ホツマツタヘについていろいろ書かれていたのでした。

あんたの趣味の話など知らんがな…、こりゃ困ったなあと…。苦笑

まあ、ホツマツタヘは面白いですけどね。

 

少しズレた人だなあと思いながらも、読み進めると結局、

火水伝文を譲るかどうかについては書かれておらず、

手紙の最後にPS(追伸)としてさらっと、

「火水伝文もってるぜ」

などと書かれていたのです。

急に「持ってるぜ」て・・・。苦笑

 

しかも、火水伝文についてはこれだけです…。

やっぱり「Bさん」という名前の人はヤバイのかと思いつつ、

でも火水伝文を譲ってくれるなら丁重に対応しなければなりません。

手にさえ入れればこちらのものですしー。(おいっ!笑)

 

僕は直接連絡が取るれるように電話番号も書いて返事をすると、

後日、都内で会いましょうと返事が来たのです。

謎のBさん登場!ウンチクが長い!

なぜか、その日は「お茶の水」に呼ばれまして、

待ち合わせ場所に行ってみると、普通の服装をしたオッサンが立っていました。

僕は大学生でしたので、まさか大人が来るとは思っておらず、

少し引きました。(今の自分も大人だろ!苦笑)

 

しかも、僕が抱いていた「Bさん」という名前の印象にそっくりな人でしたし、

嫌な予感しかしませんでした。

 

それと、変な帽子をかぶっていたんですよね。

スキー帽みたいなやつで、色もめちゃくちゃカラフルで目立つのです。

「変な帽子だなあ、一緒にいるの恥ずかしいなあ」

と思いつつも、火水伝文の持ち主ですから邪険にはできません。

 

僕はとっとと火水伝文を譲ってもらって早く帰ろうと思ったのですが、

なかなか現物が出てきません。

まずはBさんのウンチクみたいな話を聞く羽目になりました。

雑な雰囲気で火水伝文登場

ここからは一部会話調で書きます。

 

Bさん:私は火水伝文を忠実に守り実践しているんだ。

タヌコロ:ということは日月神示も読まれましたか?

Bさん:もちろん読んだけど、あんなの古いよ。戦前・戦後に書かれたものだからね。今は時代に合った火水伝文という書物が出てるんだからこれに従うべきだよ。

タヌコロ:そうですか、では早速それを読んでみたいんですけど・・・。

 

僕は、まず最初に現物が出てくるかと思ったんですが、

なかなか勿体ぶってるのか出してくれませんでした。

 

Bさん:その前に、火水伝文を読むということは、それなりの心構えが必要なんだけど、キミはそれを持っているのか?

タヌコロ:はぁ、心構え、ですか・・・?

Bさん:私は火水伝文と出会って人生がガラッと変わってしまった。それだけのパワーがあるものなんだよ。

タヌコロ:そうなんですか、どう変わったんですか?

Bさん:忠実に実践してみればわかることだが、私は今、何も持たない暮らしをしているんだよ。

タヌコロ:何も持たないって、どういうことですか?

Bさん:家の中の物全部、家財道具や何もかも、必要なもの以外はすべて捨ててしまったんだよ。

 

その時はもちろん気が付きませんでしたが、いわゆるミニマリストの走りですよね。

僕はそれを聞いてただ「不気味だ」としか思いませんでした。苦笑

 

タヌコロ:でも、それじゃあ生活できないですよね?

Bさん:もちろん最初はきつかったけど、慣れてくるものだよ。慣れてきたら仕事もやめてしまったよ。

タヌコロ:...。(絶句)

Bさん:キミはそれくらいの心構えがあるのか、火水伝文を所有するということは、それを求められるんだよ。

タヌコロ:も、もちろんです(嘘。笑)、それなりの心構えはあります。なので早く火水伝文を読ませてください。

 

なんで火水伝文を読むために家財道具一切捨てて、オマケに仕事まで辞めてんだよ、

意味わかんないよ、と思いつつ、

ますます早くモノを手に入れて帰りたいという思いが募ります。

 

Bさん:私がどれだけ火水伝文を大切に扱ってきたかわかる?

タヌコロ:...。(絶句)

Bさん:火水伝文は神様の本なんだよ、だから私はそれを全部読んで完全に頭に入れて、それを実践したんだ。

タヌコロ:そ、そうなんですね…。

Bさん:完全に実践すると結果として物もなければ家もなければ仕事もない状態になるんだ。

タヌコロ:...。(絶句)

Bさん:今はなんとか住む場所は見つけたけどね。

タヌコロ:そ、それは良かったですね…。

 

この苦痛な時間がどれだけ続くのか、

大学生だった僕は変な大人を相手に、

どう対処したらよいのかわからず、ただBさんのウンチクを聞くだけでした。

 

Bさん:ところで私が火水伝文を人に譲ろうと思った理由がわかる?

タヌコロ:いえ、ちょっと、わからないです。

Bさん:火水伝文は神様の本だからね、私のような人間が持っていたらいけないと思ったんだ。

タヌコロ:はあ、そうですか…。

Bさん:それに私は火水伝文を実践したから、もう持っている必要もない。

タヌコロ:はあ、そうですか…。

Bさん:だから火水伝文は、氏神様(最寄りの神社)に奉納してきたんだよ。

タヌコロ:えっ?

Bさん:もちろん、本を丁重に神前に備えて手を合わせて感謝を伝えてきたよ。

 

僕はそれを聞いてビックリしました。

ということは、火水伝文なんて最初から持ってねーじゃん!

と思ったとき、すかさずBさんが謎の紙の束をカバンから取り出したのです。

 

Bさん:でも私も内容を忘れるかもしれないし、万が一のことを考えて火水伝文のコピーをとっておいたんだ。ほらね。

タヌコロ:...。(絶句)

Bさん:これはコピーとはいっても神様と同じだからね。軽く扱うわけにはいかないから。

タヌコロ:...。(絶句)

Bさん:今日は原本じゃないけど、これを譲ってあげようと思うんだ。

 

僕は当時、原本がないことに実はそれほどこだわっておらず、

コピーでも内容を読めるなら問題ないと思ったのです。

しかし雑でしたね、マルっと丸めてあって、ページ飛んでねえだろうな?みたいな。苦笑

突然豹変するBさん、火水伝文入手失敗か?

タヌコロ:あぁ、コピーでも大丈夫ですよ、ありがとうございます。

Bさん:でも申し訳ない、コピー代くらいは支払ってほしいんだけど、いいかな?

タヌコロ:わかりました、いくらですか?

Bさん:五千円でどう?

 

僕は当時お金がない大学生でしたから、五千円は予想外の高値でした。

財布を見ても五千円なんて大金は入っておらず、困ってしまいました。

 

タヌコロ:すみません、いま五千円も持ってないんです、後で払うってことでいいですか?

Bさん:ちょっと待ってよ、それは無理だよー。

タヌコロ:ですか・・・、近くに郵便局があれば、ATMで降ろしますが、今日は休みかな…?

Bさん:もういいよ、この話は無かったことにしよう!

 

僕は態度を急変させたBさんに驚いてしまいました。

まさか、手元に五千円がないって伝えたら、こんなに怒るなんて…。苦笑

 

でも、僕もお金がない貧乏学生でしたし、そこそこの電車賃を使って遥々「お茶の水」まで来ました。

って大袈裟ですけど、でも時間とお金を無駄にしたくなかったので、

近くの郵貯のATMを探そうと思ったのです。

 

タヌコロ:ATM探しましょう、そこでお金を降ろしますから少し待って下さい。

Bさん:いや待てないね!

 

待てないって、まじか!?

僕はまたしても絶句でした。

自分は長時間ウンチク話してたくせに…。苦笑

 

タヌコロ:探せばあると思いますよ、少しだけ探す時間をください。

Bさん:いや、もういいよ、別れよう!ここで別れよう!

タヌコロ:いや、別れようって、言い方…。苦笑

Bさん:別れよう!別れよう!(大絶叫)

 

どうしてか、やたらと興奮して、Bさん大絶叫するんですよ。

「別れよう!、別れよう!」

って、恋人かよ。苦笑

まるでオッサンに僕が振られるみたいな気持ち悪い光景…。

はた目から見たら、ヤバイ二人だったことでしょう。

 

さすがに僕も我に返り「こいつヤベエ」と思いまして、

他人の振りして帰ろうと思った時でした。

いきなりBさんが振り返って言うのです。

 

Bさん:わかったよ、じゃあチャンスを上げるよ。次はちゃんとお金を用意しておいてね。

タヌコロ:わ、わかりました。五千円がないわけではないので準備します。

Bさん:キミさあ、本当は火水伝文なんて欲しくないでしょ?

タヌコロ:いえ、そんなことないです。なぜですか?

Bさん:本当に欲しいならさ、その上着、今来てる上着、それを置いてでも欲しいというはずだ。

タヌコロ:...。(絶句)

 

僕がその時来ていたのは、高校生時代に自分でバイトして買ったものでした。

大学に入ってもお金がないので、ずっと高校時代の服を着ていたのです。

ちなみに僕の買った服の中で一番高い3万円くらいしたやつです。笑

Bさん、さすがお目が高い。笑

 

タヌコロ:いや、これはすみません、置いていけないですけど、お金は後日用意します

Bさん:いや、それが置いていけないなら、やっぱり火水伝文ほしくないんでしょう。

タヌコロ:...。(絶句)

 

とりあえず、その日の僕は手ぶらでお茶の水から自宅アパートに帰宅。

とんでもない日だったなあと後悔するのでした。

どんどん値上がりする火水伝文

でも、好奇心ってすごいですね。

それでもやっぱり火水伝文を読みたい衝動はおさまらず、

なんとかして手に入れたいと思いつつも、

その手段がなく途方に暮れていました。

 

また月間ムーや何かの情報雑誌で募集でもかけようかと思いつつも、

Bさんみたいな人が現れるのかと思ったら勇気が出ません。

 

すると、その一週間後でしょうか、Bさんから突然電話がかかってきたのです。

 

Bさん:キミさ、あれから連絡ないけど、火水伝文ほしくないの?

タヌコロ:すみません、あんな感じでしたし、もう火水伝文を譲ってくれないのかなと思って連絡しませんでした。

Bさん:そういうわけではないよ、1万円で譲るからさ、

タヌコロ:1万円ですか、高いような気が…。

Bさん:お金の準備ができたら連絡してよ。

 

多分、僕からの連絡を待ってたんでしょうね、

でも連絡がなかったから腹が立ったのか、

なぜか値上がりしてました…。苦笑

んなアホなって話です。

 

さすがに、もう面倒臭くなってきたので無視しようと思いました。

そしたら驚くことに、1ヵ月くらいしたらまた電話があったのです。

今度は3万円に値上がりしてました。苦笑

その時はもう笑ってしまって、

「すみません、そんなに高いならもういらないです。」

と言って電話を切りました。

 

ここで思ったんですよね。

Bさんて、もしかして家もない仕事もない、お金がなくて困ってたのではないかと。

だから原本を複数コピーして、ほしい人に高値で売って歩いてたんじゃないかなって…。

 

ま、それはどうだかわかりませんけど、妙な人でした…。

でも、もしかしてBさんの言う通り(?)、

僕はまだ火水伝文を読むに値しない人間だったのかもしれません。

 

でも、今後、しかるべきタイミングがあれば読むことができるはずだと、

そう思うことにしてあきらめたのです。笑

 

火水伝文の予言

あれから時は過ぎました。

火水伝文の存在すら忘れていました。

 

多分、記憶が確かなら僕が火水伝文を初めて読んだのは、その10年後くらいです。

サラリーマンをやめて独立開業した頃だったような気がします。

たまたまインターネットを検索していたら火水伝文が出てきたのです。

 

これはすごいと思って、さっそく全文を一気に読みましたが、

内容は日月神示と非常に似てました。

 

ただ、火水伝文には独特の言い回しがたくさんあり、

少しクセのある文章だなあと思った記憶があります。

 

こういう書物は、高い次元から降ろされたものだと言いつつも、

多分に書いた人のバックボーンが反映されます。

その人の個性とか知識とか入り込む余地があるので、

もしかしたらそのせいかもしれません。

とはいえ重要なのはその内容です。

火水伝文のの予言は外れたのか?

それと、一部「不可解」な部分もあったのです。

それは火水伝文には終末の日が予言されていた点です。

神、急ぐのぞ。仕組み始まる前に聞いて下されよ。ここ数年の事ぞ
仕組み始まりたれば三年の間、神一切手出しせぬのざから。
このフミも手に入らんようになるのざから。
イノチある内に聞いて下され『そは何ゆえなりや…と』。

火水伝文が世に出たのは1992年ですから、

あと数年ということは、せいぜい1997年くらいまでです。

しかも、そこから三年の間、神さえも無い期間があると書かれており、

それが1997年から三年ということは、まあ2000年までには世界が終ると…。

 

終わるというか、世界は生まれ変わるというか、そういう解釈かもしれません。

でも、当然のことながら何も起こってないのです。

 

当時は、ノストラダムスの予言が流行っていて、

前にもブログで書きましたが、

別にスピリチュアルや都市伝説、オカルト好きな人じゃなくても、

ノストラダムスだけは信じていたっていう人はけっこうたくさんいたのです。

 

実際にテレビや週刊誌でノストラダムスの特集とかたくさんやってましたし、

一部とはいえ、それに影響される一般人がいてもおかしくはない時代でした。

コロナでこれだけ多くの人が影響されるのですから、TVの影響はすごいです。

まあ日本人の「新聞やマスコミを信じる度数」は世界一ですからね。苦笑

 

そのノストラダムスの予言では1999年に世界が滅亡するって予定ですから、

まさにこの火水伝文の予言は、それと合致するのです。

 

が、、、それは外れてしまった。

 

まさか、ノストラダムスの予言に影響されたニセモノ?

まあ、そう思う人がいても不思議ではありません。

だから火水伝文は評価が非常に分かれているのだと思います。

2000年から新しい世の中が始まった説

この「数年」というフレーズは文中の各所で出てきます。

例えば次の引用でも、あと数年で今のような世界は終わると書かれています。

そして、終わりの日が来るまでは、辛いだけの世界が始まるよ、とも書かれています…。

今様の世申すは後数年の事でござるから、早うマコトの真釣りに気付きある様励みて下されよ。これからの御代申すは生き居る者も、死に居る者もマコト無き者にとりては、辛いだけの御代となりてあるを知り居るか。

次の引用には、「次の世紀を待つこともなく」と書かれています。

それはつまり、西暦2000年以降は無いよって意味にとれますね。

今今の時申すは、病人でござろうが無かろうが全人類一人も余す事なく、次の世紀を待つ事もなく、ここ数年の内にも目も当てられぬ酷き体験をなされて、外した真釣りを取り戻さねばならぬ時でござるから、今今の辛きご苦労を早よう花に致して欲しいから、一なる花を知りたなら、この方も守護を出すから、新たなメグリが来たりても真釣りて過ごすが易いから申して居るのじゃ。

「なんだ、2000年過ぎてるじゃん、ハズレじゃん、偽物じゃん。」

と思うのも読む人の自由かと思うのですが、

僕は個人的にこの「数年」のフレーズがちょっと気になっています。

 

というのも、先ほど引用したこの一節。

神、急ぐのぞ。仕組み始まる前に聞いて下されよ。ここ数年の事ぞ。
仕組み始まりたれば三年の間、神一切手出しせぬのざから。
このフミも手に入らんようになるのざから。
イノチある内に聞いて下され『そは何ゆえなりや…と』。

確かに、先ほどBさんとのくだりで書いたように、

僕自信の話をすれば確かに火水伝文は手に入らなかったんですよね。苦笑

 

まさに火水伝文が書いている、1992年から2000年までの間、

火水伝文は手に入れることはできませんでしたし、

さらに、僕のその期間の人生は苦労ばかりで、まさに修行の毎日でした。笑

つまり、決して2000年以降に世界が滅びるようなことは無いけれども、

実は2000年から新しい世の中が始まっていたのだという説もなりたつのです。

若干、都合の良い説なのかもしれませんけどね。

個人の死(寿命)が世界の終わり説

客観的に見て火水伝文が西暦2000年を示唆しているのは明らかであり、

その2000年にこれと言って大きな破局的イベントもなかったことから、

やはり火水伝文の予言は外れたのだ、という解釈もアリだと思います。

 

でも、も一つの解釈もあると思うのです。

これは僕が前々から思っていることなのですが、

この日月神示の流れは、古くは天理教など江戸時代末期から始まっている流れです。

日月神示も「100年続けて嘘は言わん」として、

予言は100年以内(2049年以内)に成就すると言っています。

 

ただ、高齢の読者であれば、その100年で寿命を迎える人だっているはずです。

そういう人にとっては、予言は外れたも同然だと思うのです。

 

でも、そこで思ったことは、もしかしたら、日月神示などの予言の終末の日は、

個人が寿命を迎える日を指しているのではないかと思ったのです。

 

あなたが死ぬまでが修行の時間であり、

死んでから新たな世界(天国)が待っているのだと、そう言っているようにも感じたのです。

例えば火水伝文では次のような一節があります。

この度は地球最後の転生の時、天意転換の時ぞ。それ由の厳しさぞ。

今迄の神仏説きし転生は古き教えの中でのことじゃ。
今迄は中つ世の神々のお役目なればいたしかたなくありたなれど古き転生の教えこ度で終わりぞ。取り違え致すなよ。

今まで何度も生まれ変わって地球上で人間として生きてきたけど、

‎2000年で生まれ変わりも最後だよ、だから生きてるうちにがんばれよと。笑

 

さらに、こちらの引用では、生きても死んでも「三真釣り持ち行」くことが大事と言っています。

この方が汝等に生きありても、死にありても三真釣り持ち行き、マコト磨け申したは、この事に関わりて大事な事にてある由、くどうくどう申し来たりたのじゃ。

ということは死んでからも大変だよということを言っているようです。

 

つまり、もう生まれ変われないということは、修行の足りない人は死んでからも修行しろよと。

今までは転生できたけど、もう転生できないぞと。

生きているうちの方が改心しやすかったのに、死んでからの改心はつらいぞと。

日月神示にも、生きてるうちに改心しないと、死んでからだとさらに大変だぞというフレーズもありましたからね。

 

が、この説の場合は、自分の世界があくまで視点になっており、自分の外の世界、

つまり、世の中がどうなってしまうのかが一番知りたいところなのに、

そこが明確にならないのが難点かもしれません。

終末の日付がズレこんだ説

ちなみに、この1990年代というのは僕にとって謎が多い年代です。

というのも、いろんなスピ界の人たち、大御所も含めて「変化があった年」と主張している人が多いのです。

何の変化かというと、世界の運命が変わったらしいのです。

 

簡単に言えば、世界はノストラダムの予言の通りに、

西暦2000年までに天変地異と戦争で滅亡してしまう予定だったのに、

神の方針転換なのか、人類が覚醒したのか、運命が変わって世界は滅亡しなくて済んだらしいのです。

 

なんと都合の良い話!!笑

 

と思うかもしれませんが、不思議なことに、本当に多くの人がこのことを言っています。

実際、火水伝文も西暦2000年までに世界が変わると書いてますが外れました。

 

あと、本ブログでも触れてます松原照子氏も、

1986年の著書「宇宙からの大予言」で、

日本列島が断裂するほどの大地震が(世紀末、2000年までに)起こると書いてますが、

それは起こりませんでした。

まあ、「世紀末」というワードは流行語でしたので、

真意とは別に文章の飾りとして使っただけの可能性もありますけどね。

 

あと、エドガーケイシーも「1998年に日本は海中に沈む」と予言してましたね。

沈むって、それ、庁が100個付くくらいとんでもないことが起こるってことですよね。

エドガーケイシーといえば知る人ぞ知る世界的な大予言者ですけども、

そんな人も予言を外してしまったほどの、神様の予定変更があったのでしょうか!?苦笑

 

この「1990年代に世界の運命が変わった説」については、

これからも研究していきたいなと思っています。

 

火水伝文の予言以外の内容

さて、火水伝文は予言がメインというわけではありません。

ほぼ日月神示の謎解きが書かれていると言ってもいいかもしれません。

 

ただし、最初にも書いたのですが、僕自身があまりよく理解できてないポイントが多く、

理解できてないのにブログに書くのもよくないですよね。

なので、個人的に気になった部分だけを少しだけ取り上げて最後にしたいと思います。

蛇の力、蛇の火、クンダリーニ

火水伝文には「蛇」というキーワードがよく出てきます。

『蛇の力』を底底に封印せしは、その神力思凝り固まりて《快欲》に囚われたる身欲悪、現れい出たれば『魔釣りの経論』のハタラキ現れい出る様、仕組みありての事でござりたのじゃ。

蛇の力とは、いわゆるクンダリーニを指していると思われます。

クンダリーニとは古代ヨガの用語なのですが、

人間の体の中に存在する根源のエネルギーを指しますが、

これは同時に性欲としても現れることからそれを戒めているのかもしれません。

 

普段は尾てい骨あたりに静かに眠っているエネルギーとされており、

これが覚醒すると、いわゆる「超能力」的なことができるようになると言われています。

 

しかし、火水伝文では安易なクンダリーニ覚醒を戒めています。

真釣り持たずに汝等の底底に封印せし蛇を解き放ち、これを真釣りてマコトに結ぶは、なまなかの事にありては出来はせんのぞ。
十中八九逆様と成りて、真釣りた積もりが魔釣られて、知らぬうちに使われ居る由、気付けず。
いつの間にか悪神のけん族と成り果てしもうて、化かされ、神民に仇成す力ばかり知らず与えられあるから、一見、善き事のように思え見ゆれども、やる事成す事、裏で世を持ち荒らす事に結びつきあるが解からんのじゃ。汝等の霊性申すは開発するモノにあらず。真先に心払い清めるが霊性顕現の基であるぞ。真釣りを外して霊性を開発なさる申すは、蛇の封印を解く事にてござるぞ。神を心底敬う心が無いから身欲が先に立ちて、そが甘き誘いにもすぐにだまされしもうのじゃ。

簡単に言うと、欲望だらけで邪心ばかりの状態で修行などをしてクンダリーニを上げても、

それは世の中を悪くする方にしか効果を発揮しないよ、ということを言っているようです。

 

さらに、いわゆるクンダリーニを上げるための修行を教える側に対しても警鐘を鳴らしています。

このヒノモトに、今ザマの瞑想なるまやかしを持ちきたらし、普及致せし汝にキチリ申し置く由、首を洗いて聞きやれよ。汝もヒノモトにて産みなされし者なれば、このフミと縁を結べる程のミタマのござるから、一輪の花と情けを手向け取らす。一度で聞けよ。二度は無いぞ。汝、今今より他にやり直しの利かん所に立ち居るを知れ。汝の伝え広めし口の業、心の持ち業、行の結び業、今今の即座に止めよ。汝の成せしは、ヒノモトに残るマコトに仇を成す、真中の御座にケガレさす、悪き響きの蛇の業。知りて詫びるが出来ぬなら、今今、今に呼び出して、末代解く烙印を、汝の響きと致すのみ。汝にも一厘のマコト残りてあるなれば、ロを慎み、心を慎み、行を慎みて、恥ずかしき事の無き様にしていて下されよ。
神の人民様に仇成す者と成り果て居りては、汝の真中にも済まんであろうが。
未だマコトの何たるかをよう取れん者が、蛇を上らすお手伝いの如き真似事を成さりて居りては、好い様に仇成す蛇の力に利用されるだけ利用されて、タテカエに入りて間違えだと気付きても、既に取り返しのつかぬ事でござるのぞ。

世の中には瞑想や気功などを使ってクンダリーニを上げることを教える人は確かにいますが、

もちろん全てがダメと言っているわけではないと思いますけどね。

 

ちなみに下記引用を読むと、修行者の条件さえ整えば、クンダリーニが上がることで竜神の守護が得られると書かれています。

人民様には未だマコトが解からんから、せっせと蛇の道を開く努力を成されて居るが、どんな事に成りても神はもう知らんぞ。汝の底に封印せしものを、自ら解き放つのであるから、この方は知らんと申して居るのぞ。どんな辛い行にも堪えスミキリたマコトの者が成さるのであれば、この方が特と見届けて、ご霊統のご竜神にお出まし願いて、汝のハラに天降り行き、汝のマコトを開き行きて、万古末代守護なさる、草薙の剣を渡すなり。こは真釣る至誠の神宝にござるのぞ。

ということは、封印を解く(クンダリーニが上がる)こと自体は条件付きでOKであるとも言えますね。

 

しかし、こちらの引用では「偽物の竜」もいるので要注意ですね。

それが、蛇が化けた竜と書かれています。

汝等の申す邪竜いうは、蛇の化かした姿にてあるから、何時までも化かされて居るのでないぞ。竜は天降りてハラに【マコト】を開く成り。
草薙の剣と申すなり。蛇は底より上り来たりてアタマに『分かつ知の目』を開く成り。魔眼と申すなり。こ度は竜と蛇との戦ぞ。ハラとアタマの戦いでござるよ。

やはり、クンダリーニが上がることがダメなのではなく、

人間として未熟な状態で上げてしまうことがダメなのだということですね。

第三の目についても同じようなことが書かれています。

見通す力の目いうは、何でも見通す日の事ぞ。第三の目の事じゃ。しかあれ、そは知恵の目なり、真釣り無く開かれるは魔眼と成るなり。蛇の登り切りた姿なり。蛇の精一杯の姿にござるよ。しかあれこれにて寸止まりでござる、真釣り無き知恵は枝なり葉なり。

そして下の引用では、これからの世界では蛇の封印を解く、

つまりクンダリーニを上げて本来の人間の力を取り戻すことが必要なのに、

それができる人がいないことを嘆いています。

神宝を持ちて蛇の封印を解き真釣るが、こ度の事に関わりて大事な事でありたなれど、取れる人民様居ない程に、蛇の道ばかりどんどん開いてしもうて、一挙に事を成さねば鳴らぬ時節に至りて、一挙に汝等皆々に、草薙の剣をお渡し致さねば鳴らぬ様に成りてしもうたが、世界は蛇の道が九分九厘開かれありてしもうて、日本の中にもどぷり蛇の力に魅入られ居る人民様数多居るから、授かる草薙の剣で、苦しさの余り自ら払う酷き有り様が見えるによりて、気の毒で、この方は見るのがいやであるぞ。

ただ、「世界は蛇の道が九分九厘開かれ」と書かれているように、

ここでいう蛇の道、蛇の火は、必ずしも人間の体内にあるクンダリーニのことだけを指しているのではなく、

もう少し大きな視点もあわせて語っているかのようにも思います。

 

例えば下の引用では蛇の力をユダヤ=知恵に例えていることからもそれがわかります。

《逆十字》の陰陽はそれぞれにオロシア、インドの地に相呼応して思凝りたが始めにござるぞ。
知恵なる『蛇の力』はユダの地に思擬りて、《逆十字》に副いハタラク《我善し》の神は中国北方に天降り来たりて《力善し》の神は北米に天降りたのぞ。それぞれ仕組み構えありての事でござる。

ちなみに、日月神示もそうでしたが、ロシアや中国、ユダヤ、など外国や民族の名前が出ると、

あたかもその国が「悪」のように感じ、妙な差別意識が出てしまいますので要注意です。

 

これは恐らく文化(物事の考え方)を指していると思います。

火水伝文が言うところの大切な考え方を古来から持っていたのが日本という国であり、

それを持つ日本が世界の手本にならなければならない、ということを間接的に書いていると僕は思っています。

神武天皇の岩戸しめ

次は岩戸閉めについて。

火水伝文でも日月神示と同じく、五度の岩戸閉めについて触れています。

 

ただし、1~3回目の岩戸閉めは触れられておらず、

4回目以降について少しばかり内容が詳しく伝えられているところがポイントです。

下記の引用を見ますと、日本に「魔」が伝わってきたのが二千数百年前とあります。

つまり、「皇紀」のことですね。

ヒノモトに快欲の逆十字の響き鳴り渡りて後、裏で『魔釣りの経論』を操るミタマ鳴り渡りて来たるは、二千数百年も前にてあるのぞ。
そは自らのミタマの来歴を知らず、そのままにありては、天孫いうも許し難き大大罪なれど、自ら知れず天孫を自称し来たりたのじゃ。
それありたが由、自ら人皇を名乗らねば、治まりつかぬ程のご苦労を致されて、四度目の岩戸閉めを成されたが、正神真神のご霊統にあらせられるカムヤマトイワレヒコノミコト、神武天皇なるぞ。
四度目の岩戸閉め以降、人皇の世となりて、段々に魔釣りの経絵と成りて行きたのじゃ。この方は総てを知り居る由、陰にてご守護致し神力出して、仏魔来たりて五度日の岩戸を閉めるに至る迄、魔釣る響きを和し真釣りて参りたなれど、その後は乱れに乱れた逆ザマの、見るも無惨な今ザマの、悪き末期の世となりたのじゃ。

現在の皇室の祖先が、日本に「天孫」を名乗ってやってきたと書かれていますね。

では、神の世から人の世へ移行させた神武天皇が悪者なのかというと、

神武天皇を正神真神のご霊統と言っていますから必ずしも「悪」ではないことがわかります。

 

とはいえ、こちらの記述も気になります。

家畜の生くる基なる、衣食住成る基なる、神の創りしその糸を、勝手にむさぼり費やすは、神の御国を汚し行く、許すは適わぬ事なれば、魔釣りた糸とすげ変えて、生くる基と切り離し、衣食住する物買うに、総てが魔釣りた糸なくば、生くるも適わぬ世と成して、偽の三ロク(六六六)に従わす、魔釣りた企羞分九厘、成就致した今今が、世界を手中に致す時。

666というのは聖書に登場する獣の数字ですが、

まさに聖書(ヨハネ黙示録)では666の刻印がないと売買ができなくなると書かれています。

(そのうちヨハネ黙示録についても考察ブログを書きたいですけども…。苦笑)

火水伝文では、この666を偽りのミロクと置き換えています。

でも、この666について、実は僕が昔から気になっていたのは、

神武天皇の東征(神武東征)の始まった時が紀元前667年(666年という説もあります)ということです。

そして東征が完了したのが紀元前660年、つまり皇紀元年です。

両者の666の一致が、すごく気になっています。

また、この辺も別途考察してみたいと思います。

三千世界を統べ祀る八百万の神

日月神示も火水伝文も三千世界という単語がよく出てきます。

三千世界というのは、神幽顕の世界とされています。

神界(神様の世界)、幽界(霊の世界)、顕界(人間の物理的世界)ですね。

いわば「世界のすべて」と言ってもいいですね。

 

そして、とくに日本は三千世界の中心であると、火水伝文は言っています。

ヒノモト申すは神幽現、三千世界を統べ真釣る、尊き御座の座すところ、ミロクを現ずる真中なり。

地のへにミロクを顕ずるは、神幽顛、三千世界をタテワケて、地のへ三つにヨコワケて、マ釣る仕組みの経綸に、情けと花を忍ばせて、九条の御座と構えたり。

ちなみにミロクというのは簡単に言えば天国のようなもので、

日月神示にも出てきますが、理想の世界的な概念です。

そのミロクが日本からまず先に現れると言っているのです。

まあ、それゆえに、真っ先に改められる(生みの苦しみを味わう)のは日本であるとも書かれてるんですけどね…。苦笑

 

その三千世界の中心である日本には八百万の神々がいると昔からよく言われますが、

八百万の神という言葉も、自然界のすべてのものが神様であることの例え的にも使われます。

 

なので、日本にはすべてがあって、その中心であるという意味なのかもしれません。

日本列島の地形が世界地図のひな型であるというのも、

偶然とはいえその発想の端緒だったのかもしれません。

スメラの民とユダヤの民

あと「三千」つながりで、「三千年」というフレーズも、

日月神示や火水伝文によく出てきます。

三千年に渡り仕組み参りた、『魔釣り』の表を操る蛇の者共は、《身欲》を餌に金で釣りて思想を煽り、継ぎ接ぐ学にて仕組み説き、真釣り外せし枝だの葉の形を基の科学にて、思うが御代を造らんと成し来たりたのぞ。
末代マコトに至れぬ、善を偽る『あやま知』で、『ウソ』を基の策謀で、この世を支配し参りたのであるよ。

いわゆる世界の支配者層たちは、三千年前からその仕組みを企んで、

それは現在も着々と実行され、うまく行きつつあると書かれています。

三千年の昔より、汝等には解からぬよう汝等の心身の薄弱化を図り続け来たる力ありたぞよ。そは汝等の身魂捕らえるがためぞ。
汝等の心、曇り曇らせ汝等の光輝忘却させ、自ら思考する事の出来ぬ獣と化さしめ、欲望のままに生くる者となさしむるがためぞ。

汝、幾度もの転生揺りかごから墓場までどぷりと彼等の作りせし世で過ごし来たりたのぞ。
三千年の企みぞ。

ソクラテス殺せし力も、イエス殺せし力も『あやま知』なるぞ
マコト唱えし者殺しマコト覆い隠せし力『あやま知』なるぞ。
『あやま知』言うも直接手を下せしは『あやま知』に囚われたる人民様でありたぞ。

最近の世の中を見るにつけ、ここに書かれていることは、

まさにそれだと思ってしまいますね…。苦笑

 

しかし、この三千年というフレーズを文字通り解釈すると、

三千年前ということは紀元前千年ですからイスラエルはダビデ王の時代です。

その頃に何らかの悪の思想的なもの(?)が発生したのかもしれません。

 

そしてその後、紀元前700年頃イスラエルの失われた十氏族が、

日本にやってきたという都市伝説もありますから、

先ほどの紀元前666年の神武東征の話と時代的につながりますね。

 

さらに日月神示では「イスラの十二の流れ」と書いていますが、

火水伝文でもこのイスラエルの失われた十氏族のことを書いています。

しかし、十氏族を探そうとしても真実を見誤るとも書いてあるところがポイントです。

汝等、ユダヤ十二部族申すを知りて居るか。
今世に至りて、失われた十部族の血統をのみ、探すが如き成さり様を致し居りては、マコトの事は解かりはせんぞ。

なるほど、「血統」で見ると見誤るということは、

十氏族は日本にはやってきていないということなのでしょうか。

残念ながら歴史的事実の観点では詳しく火水伝文では謎解きをしていないのです。

 

でも、十氏族が日本に渡って来たかどうかという話はどうでもよくて、

もっと大事な意味が含まれているよということを次の引用で言っています。

見失われた十部族のマコトの意味申すは【元つマコトの神真釣り】に関わりてありた事なのじゃ。ユダヤ十二部族の型示しあるは、正しくイザナギ、イザナミ御二神の分かれ型。初発の岩戸閉めの、大事な型を知らしめあるのぞ。開き盲ばかりでござるから、解からぬのは無理もござらぬが、こ度に関わる大事にてあるから申して置くぞ。

つまり、失われた十氏族の話は、日本神話のイザナギ、イザナミの話がそれを表していることに気づけ、ということですね。

イザナミは火の神を生んで火傷して死んで黄泉の国に行きましたが、

その火の神は「蛇の火」に通じ、蛇は「知恵」に通じるということが書かれているのが以下の引用です。

ご自身のオイノチと引き換えに、知恵の神をお産みになられた、申すことじゃよ。十(カミ)サラレル申すは【元つマコトの神真釣り】が解からなくなりた、申すことにてあるから、いずれも【元つマコトの神真釣り】を末のこ度に復すため、ミロクをこの地に顕ずための大事な神経綸の型示しでありた言うことじゃ。

つまり、失われたイスラエル十氏族(北イスラエル王国)が「神に通じる大事なカギ」を握っていたのだけど、

それが滅ぼされてしまい世界から神性が失われ、残ったイスラエル二氏族が知恵の神として残ったということでしょうか。

そしてその一つ(スメラ)が日本にやってきて、そして皇紀が始まったということかもしれません。

元つ天の大神様は、地のへにスメラとユダヤの神策成就の経論を背負うた二民を創り降ろされて、天地のご守護に、正神真神のご霊統にあらせられる二柱の大神を配し置かれたのじゃ。

上記に出てきたスメラというのは、もちろん日本のことです。

スメラは、皇(すめら)、天皇の国の民の意でもあるのですが、スメラの語源はシュメールという説もあります。

そして聖書に出てくるユダヤ人の祖先であるアブラハムの妻がシュメール人ですから、

イスラエル(ユダヤ)とシュメール(日本)で話が繋がってきます。

このあたりも面白いのですが、まだ少し検討の余地がありますので、研究中です…。

 

さて、長くなりましたのでこのあたりで終わりたいと思いますが、

火水伝文には他にも「スサナル仕組みの九御座」であるとか、

火の働き、水の働き、正位正順、正位逆順」など難解な概念が出てきます。

読めば頭では理解できるのですがイマイチうまくイメージできないのです。

まあそのあたりは興味があれば読んでみて頂ければと思っております。苦笑

 

ただし、ネット上で公開されている火水伝文は原本の一部みたいですね。

そもそも、都内限定で販売された原本ですら、

火水伝文のあとがきによればすべてのうちの半分とされていますので、

そのまた一部ということで内容に席には持てません。

あと誤字脱字などもあるらしいです。苦笑

とはいえ細かいことは置いておいて、ここから何が読み取れるかが重要かと思いますけどね。

以上、火水伝文でした。ご参考になれば幸いです。

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