日月神示の予言

予言と言えば、ノストラダムスの大予言が有名です。

僕の幼少の頃から「予言」と言えばノストラダムスでした。

 

でも、ノストラダムスの予言って日本語じゃないし、

翻訳したものを読んでも難解で意味が分からないので、

正直なところ、あまり興味が湧きませんでした。

 

その後、僕がまだ10代の頃、大学受験生時代でしょうか、

日月神示という日本の預言書があることを知りまして、

そこに書かれていた内容を読んで戦慄を覚えた記憶があります。

(受験勉強もせずに何を読んでんだ!?って話ですが。。。)

というわけで今日は、日本が誇る預言書「日月神示」の、

これから起こる未来の予言の話です。

 

日月神示とは何か?

さて、まずは日月神示とは何かという話から始めます。

実は以前にも下記記事で、ちらっとご紹介しております。

前回のブログの繰り返しになりますが、

日月神示とは、神典研究家で画家の岡本天明氏の昭和初期の著作です。

 

幼少から霊が見えたりする能力があったとされる岡本氏が47歳の時、

時は太平洋戦争中、千葉県の麻賀田神社の末社「天日津久神社」に参拝した後、

いきなり「神がかり(トランス)」状態になり、

一般に「自動書記」と言われる、

勝手に文章がすらすらと書けてしまう状態になり書き上げた本らしいのです。

 

その「自動初期」とは具体的にはどのような状態かというと、

まず頭の中に文字(数字と記号)が浮かぶそうです。

そして、それを紙に書き写すまで頭から残像が離れないそうなのです。

かなり邪魔くさい状態です。。。苦笑

 

とはいえ、ただ頭に浮かぶ数字と記号を書き写しただけですから、

まったく文章になっておらず、読むことができません。

 

そこで当時、岡本天明氏が入信していた大本教という宗教団体の協力を得て、

解読したのが日月神示(ひふみ神示)として出版されたようなのです。

具体的には次のような書き出しから始まります。

二二は晴れたり、日本晴れ。神の国のまことの神の力をあらはす代となれる、仏もキリストも何も彼もはっきり助けて七六かしい御苦労のない代が来るから みたまを不断に磨いて一筋の誠を通して呉れよ。いま一苦労あるが、この苦労は身魂をみがいて居らぬと越せぬ、この世初まって二度とない苦労であ る。このむすびは神の力でないと何も出来ん、人間の算盤では弾けんことぞ、日本はお土があかる、外国はお土がさかる。都の大洗濯、鄙の大洗濯、人のお洗濯。今度は何うもこらへて呉れというところまで、後へひかぬから、その積りでかかって来い、神の国の神の力を、はっきりと見せてやる時が来た。嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出て来るは神の国、神の力でないと何んにも成就せん、人の力で何が出来たか、みな神がさしてゐるのざ、いつでも神かかれる様に、綺麗に洗濯して置いて呉れよ。戦は今年中と言ってゐるが、そんなちょこい戦ではない、世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまでは、終らぬ道理が分らぬか。臣民同士のいくさでない、カミと神、アカとあか、ヒトと人、ニクと肉、タマと魂のいくさぞ。己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、それで戦が済むと思うてゐるとは、あきれたものぞ、早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一。さびしさは人のみかは、神は幾万倍ぞ、さびしさ越へて時を待つ。加実が世界の王になる、てんし様が神と分らん臣民ばかり、口と心と行と、三つ揃うたまことを命(みこと)といふぞ。神の臣民みな命(みこと)になる身魂、掃除身魂結構。六月の十日、ひつくのかみ。

このように終始、「昔の話し言葉」のような古語的な文体で書かれています。

気になるのは、戦時中の著作なので太平洋戦争にも触れている点ですが、

でも、戦争よりももっと大変なことが起こると書かれているのも気になりますね。

いきなり衝撃的な書き出しで、まさに「掴みはOK」であります。笑

 

預言書としての日月神示

日本の敗戦を予言した日月神示

実際、戦争についての記述は上の文章だけでなく、

まだ他にも出てきまして、こんな記述もあります。

卍(ドイツ)も一十(イタリア)もあてにならぬ、世界中一つになりて神の国(日本)に寄せて来るぞ。

 

これは昭和19年に書かれた文章ですので、

ドイツとイタリアの三国同盟のことを指していると思われます。

 

ていうか「卍」でドイツと読ませているところは秀逸です。笑

しかも、一十でイタリアというのも、

バチカン(キリスト教)があるから「十」なんでしょうけど、

なんとなく雰囲気でイタリアって感じがするのもすごい。

 

そして「そんなものはあてになりませんよ」と言っているところも、

確かにドイツもイタリアも日本より先に降伏しましたから納得です。

 

そして、敗戦の様子さえうかがえるこちらの予言。

江戸が元のすすき原になる日近づいたぞ。てん四様(天皇)を都に移さなならん時来たぞ。江戸には人住めん様な時が一度は来るのぞ。

江戸が「すすき原」とは、東京大空襲で焼け野原になったことを予言しているようです。

ということは、日本の敗戦さえも予言していたということなのです。

 

さらに読み進めていくと、

かなり衝撃的な予言も出てきます。

大きアジアの国々や、島々八十(やそ)の人々と、手握り合ひ神国の、光り輝く時来しと、皆喜びて三千年、神の御業(みわざ)の時来しと、思へる時ぞ神国の、まこと危なき時なるぞ、夜半に嵐のどっと吹く、どうすることもなくなくに、手足縛られ縄付けて、神の御子等を連れ去られ、後には老人(としより)不具者(かたわ)のみ、女子供もひと時は、神の御子たる人々は、悉々暗い臭い屋に、暮さなならん時来るぞ、宮は潰され御文(みふみ)皆、火にかけられて灰となる、この世の終り近づきぬ

「大きアジアの国々や・・・」からのくだりは、

「大東亜共栄圏」のことを指しているのだろうなと思います。

 

しかし、日本が領土を広げたのも束の間、

みるみる攻められて領土は縮小し、

未来ある若者は戦争に駆り出され、

または捕虜に取られ牢屋に閉じ込められ、

さらには寺社仏閣も戦火で燃えてしまうと読めます。

かなり詳細に予言していることがわかりますね。

 

ちなみに当時、日本軍関係者も岡本氏にアドバイスを仰いだという話も残っています。

もともと大本教という政府から宗教弾圧(大本事件)を受けるほどの大勢力を誇っていた宗教のバックアップがあった岡本氏ですので、

日本政府内に彼の信奉者がいたとしても不思議ではないですね。

 

ポールシフトを予言する日月神示

当時の太平洋戦争の敗戦の予言もすごいのですが、

もっと未来の予言も書かれているのが日月神示のすごいところです。

中でもとくに僕が「面白い」と思ったのはこれらの一節です。

・地つちの軸 動くぞ、フニャフニャ腰がコンニャク腰になりて どうにもこうにもならんことになるぞ。

・くにの軸 動くと知らしてあろがな。

北、南、たから出す時近づいたぞ。

・天地でんぐり返して光の世といたすのぢゃ。

天地唸るぞ、でんぐり返るのざぞ、世界一どにゆするのざぞ。

これをそのまま読むと、まるでポールシフトです。

以前にアセンションの記事で書いた、「アセンション=ポールシフト説」です。笑

地球の磁場が逆転して、一時的に磁場が消えて、

太陽からの有害な放射線で地上が地獄と化すというストーリですね。

 

また、「天地でんぐり返して光の世」というフレーズも、

アセンション(次元上昇)のイメージに近い感じがします。

 

さらに、「北と南の宝」というフレーズも意味深長です。

北極圏や南極は現代においても未開のエリアですから、

地軸が動くことで極地が温暖になり探索が進んだ結果、

古代遺跡でも発見されるのかもしれませんね。笑

 

富士山噴火の予言

他にも未来の予言はあります。

次に僕が興味深いと思ったのは富士山の噴火の予言です。

日月神示では、次のように書かれています。

・富士は神の山ざ、いつ火を噴くか分らんぞ、神は噴かん積りでも、いよいよとなれば噴かなならんことがある

・富士は火の山、火の元の山で、汚してならん御山ざから臣民登れんやうになるぞ。

富士の山動く迄にはどんな事も耐(こら)えねばならんぞ。上辛いぞ。どんなことあっても死に急ぐでないぞ。

「いよいよ」となれば富士山を噴火させると読めます。

では「いよいよ」とはなにか、そこまでは定かではないですが、

一般に「いよいよ」とは最後の意味です。

ということは、キリスト教でいうところの、

「最後の審判」的なものを指しているようにも思えます。

 

「この世の最後とも思える時は、

辛いことがあると思うけど、

富士山が動くまでは死に急ぐな」とありますから、

富士山が噴火する時には状況が好転するという意味でしょうか?

 

詳しくはわかりませんが、

人類にとって試練の時が訪れることを、

予言しているように思えます。

 

日月神示の予言はいつ成就するのか

でも、これがいつ起こるかは具体的に書かれていません。

しかし日月神示には、こんな記述もありまして、

100年以内には予言が成就するという意味にも取れます。

三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。少し遅れると人民は、神示は嘘ぢゃと申すが、百年もつづけて嘘は云へんぞ。申さんぞ。

ちなみに、この記述は戦後のものです。

昭和24年(西暦1949年)とありますから、

そこから100年とすれば西暦2049年までですね。

日月神示の発表当時の昭和19年が起点とすれば西暦2045年までです。

 

うーん、まだ随分と先まで猶予がありますね。苦笑

でも、今が2020年ですから、あと20年ちょいですから、

生きているうちには何かありそうですね。。。笑

 

日月神示とフリーメーソンの陰謀

もうひとつ日月神示の面白いところは、

予言だけでなく陰謀論にも触れているところです。

まさに都市伝説のオンパレード!笑

 

それは次の一節です。

イシヤの仕組にかかりて、まだ目さめん臣民ばかり。

・今度は神があるか、ないかを、ハッキリと神力みせてイシヤも改心さすのぞ。神の国のお土に悪を渡らすことならんのであるが、悪の神わたりて来てゐるから、いつか悪の鬼ども上がるも知れんぞ。

・岩戸開く仕組 知らしてやりたいなれど、この仕組、言ふてはならず、言はねば臣民には分らんし、神苦しいぞ、早う神心になりて呉れと申すのぞ、身魂の洗濯いそぐのぞ。二三三二二(アイカギ)、、コノカギハイシヤトシカテニギルコト

「イシヤ」と出てきますよね。

これ、実は都市伝説で有名な「フリーメーソン」のことを指しています。

 

「フリーメーソン」とは何か?

一説には中世ヨーロッパの石工組合だったそうです。

石工とは石細工の職人、または石屋さんのことを指しますが、

日月神示が言うのは、まさにその「イシヤ」と同義らしいのです。

 

そして「イシヤの仕組み」とは、フリーメーソンの3S政策や、

シオンの議定書などを指すのかもしれませんが、

これらに今の人民が暗に操られて搾取され、

地獄のような世界を作りだしていることに警鐘を鳴らしているのでしょうね。

まあ、その辺は長くなるので別の機会に書きたいと思います。

 

要するに昔は単なる職人組合だったフリーメーソンが、時代が過ぎると、

友愛団体という名の裕福な経営者の組合となり、

それが次第にカネのチカラで政治力を持つようになり、

世の中を自分たちの都合が良いように変えていくわけですね。

ま、フリーメーソンの話も長くなるので別の機会に書くとして、

日月神示ではフリーメーソンの陰謀にまで言及しているわけです。

 

でも最後の部分で「コノカギハ イシヤト シカ テニギルコトゾ」としており、

フリーメーソンと手を握ることが鍵だとも書いています。

なんとも謎ですが、こういう謎解き部分がふんだんに盛り込まれているのも、

日月神示の面白いところなのです。笑

 

日月神示の「岩戸開き」とは何か?

「謎解き」と言えば、日月神示を読んでいると、

頻繁に「岩戸」という単語が出てきます。

 

いや、本当にたくさん「岩戸」という単語が出てくるので、

恐らく日月神示では「岩戸」についての事柄が、

もっとも言いたいこと(趣旨)なのだろうと思います。

具体的には次のように文中に出てきます。

・この仕組 知らさなならず、知らしてならんし神もなかなかに苦しいぞ、世の元からの仕組ざから、いよいよ岩戸開く時来たぞ

いつ岩戸が開けるかと云ふことも、この神示(ふで)よく読めば分かる様にしてあるのぞ、改心が第一ぞ。

・人民のイクサや天災ばかりで、今度の岩戸ひらくと思ふてゐたら大きな間違ひざぞ、戦や天災でラチあく様なチョロコイことでないぞ

今度の岩戸ひらきの大望(たいもう)すみたとて、すぐによいことばかりではないのざぞ

・神の能(はたらき)が一二三であるぞ、始なく終なく弥栄の中今(なかいま)ぞ。一二三は神の息吹であるぞ、一二三唱えよ、神人共に一二三唱へて岩戸開けるのざぞ

ちなみに通常「岩戸」といえば、

古事記などの日本神話に出てくる天照大神の岩戸の話が有名です。

以前に一人旅の記事で書いた「天岩戸神社」がまさにその神話の舞台です。

でも、日月神示では天照大御神の神話でなく、

「新しい世の中」が訪れることを「岩戸開き」と呼んでいるようです。

この岩戸についてもう少し調べてみることにしました。

 

5度の岩戸締め、古代史の謎

さらに日月神示を読み進めると、

「岩戸」について興味深い記述が出てきます。

 

岩戸は五回閉められてゐるのざぞ、那岐(なぎ)、那美(なみ)の尊の時、天照大神の時、神武天皇の時、仏来た時と、大切なのは須佐之男神様に罪着せし時、その五度の岩戸閉めであるから此の度の岩戸開きはなかなかに大そうと申すのぞ。

・日本の上に立つ者に外国の教伝へて外国魂に致したのは今に始まった事ではないぞ、外国の性根入れたのが岩戸閉めであるぞ、五度ざぞ、判りたか。

・天照皇太神宮様の岩戸開きは、だました、間違ひの岩戸開きぞ、無理にあけた岩戸開きざから、開いた神々様に大きなメグリあるのざぞ

今度の岩戸びらきは五度の岩戸しめを一度にひらくのである

 

なるほど、過去に世の中が悪くなったことを「岩戸閉め」と呼んでいるのですね。

そしてそれが過去、神話の時代と奈良時代あたりまでで通算5回あった。

その5枚の岩戸を開くことが「岩戸開き」であり、それが重要だと言いたいわけですね。

謎解き要素が多くて非常に面白いですね。笑

 

ちなみに、その5回の岩戸閉めについては、

さらに詳しく書かれています。

岩戸しめの始めはナギ(伊邪那岐命)ナミ(伊邪那美命)の命の時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ、十の卵を八つ生んで二つ残して行かれたのであるぞ、十二の卵を十生んだことにもなるのであるぞ、五つの卵を四つ生んだとも言へるのであるぞ、総て神界のこと、霊界のことは、現界から見れば妙なことであるなれど、それでちゃんと道にはまってゐるのであるぞ。一ヒネリしてあるのぢゃ、天と地との間に大きレンズがあると思へば段々に判りてくるぞ。夫神、妻神、別れ別れになったから、一方的となったから、岩戸がしめられたのである道理、判るであろうがな。その後、独り神となられた夫神が三神をはじめ、色々なものをお生みになったのであるが、それが一方的であることは申す迄もないことであろう、妻神も同様、黄泉大神となられて、黄泉国の総てを生み育て給ふたのであるぞ、この夫婦神が、時めぐり来て、千引の岩戸をひらかれて相抱き給う時節来たのであるぞ、うれしうれしの時代となって来たのであるぞ。同じ名の神が到るところに現はれて来るのざぞ、名は同じでも、はたらきは逆なのであるぞ、この二つがそろうて、三つとなるのぞ、三が道ぞと知らせてあろうがな。時来たりなば この千引の岩戸を倶にひらかんと申してあろうがな。次の岩戸しめは天照大神の時ぞ、大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、ダマシタ岩戸からはダマシタ神がお出ましぞと知らせてあろう。いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、日の大神、揃ふてお出まし近うなって来たぞ。次の岩戸しめは素盞鳴命に総ての罪をきせてネの国に追ひやった時であるぞ、素盞鳴命は天下(あめがした)を治しめす御役(おんやく)の神であるぞ。天ヶ下(あめがした)は重きもののつもりて固まりたものであるからツミと見へるのであって、よろづの天の神々が積もる(と言ふ)ツミ(積)をよく理解せずして罪神と誤って了ったので、これが正しく岩戸しめであったぞ、命(みこと)をアラブル神なりと申して伝へてゐるなれど、アラブル神とは粗暴な神ではないぞ、あばれ廻り、こわし廻る神ではないぞ、アラフル(現生る)神であるぞ、天ヶ下、大国土を守り育て給う神であるぞ、取違ひしてゐて申しわけあるまいがな。このことよく理解出来ねば、今度の大峠は越せんぞ。絶対の御力を発揮し給ふ、ナギ、ナミ両神が、天ヶ下を治らす御役目を命じられてお生みなされた尊き御神であるぞ。素盞鳴の命にも二通りあるぞ、一神で生み給へる御神と、夫婦呼吸を合せて生み給へる御神と二通りあるぞ、間違へてはならんことぞ。神武天皇の岩戸しめは、御自ら人皇を名乗り給ふより他に道なき迄の御働きをなされたからであるぞ。神の世から人の世への移り変りの事柄を、一応、岩戸にかくして神ヤマトイハレ彦命として、人皇として立たれたのであるから、大きな岩戸しめの一つであるぞ。仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光がさしてゐたのであるなれど、仏教と共に仏魔わたり来て完全に岩戸がしめられて、クラヤミの世となったのであるぞ、その後はもう乱れほうだい、やりほうだいの世となったのであるぞ、これが五度目の大き岩戸しめであるぞ

なるほど、面白すぎます。笑

しかし、この内容は深すぎて、

とてもじゃないですがここではまとめきれません。苦笑

また別の機会にここだけ切り抜いて検証記事を書こうかなと思います。

 

でも敢えて簡単にまとめれば、

今まで日本という国の人々が生きていく上で、

本来の正しい生き方・政治のようなものがあり、

それが外部からの誤った知識で改悪されてしまったことを日月神示では「岩戸閉め」と呼んでおり、

さらに、それをすべて元の正しい状態に戻すことを「岩戸開き」と呼び、

その「岩戸開き」の御役をするような人間になれよという部分が趣旨かなと。

そのように僕は読めますね。

 

岩戸開きをした後の世界

再び予言の話に戻りますが、

この岩戸開きが起こった後の世界についても、

日月神示では触れている記述があるので紹介します。

悪自由、悪平等の神が最後の追込みにかかってゐるなれど、もう悪の世はすんで岩戸がひらけてゐるのざ

今に大き呼吸(いき)も出来んことになると知らせてあろうが、その時来たぞ、岩戸がひらけると言ふことは半分のところは天界となることぢゃ、天界の半分は地となることぢゃ、今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸はひらけんぞ、今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ、一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れかえて、ミロクの世の人民としてよみがへらす仕組、心得なされよ、神様でさへ、この事判らん御方あるぞ、大地も転位、天も転位するぞ

マコトでもって洗濯すれば霊化される、半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物の肉体とならねばならん、今のやり方ではどうにもならなくなるぞ、今の世は灰にするより他に方法のない所が沢山あるぞ、灰になる肉体であってはならん、原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ、今の物質でつくった何物にも影響されない新しき生命が生れつつあるのぞ。岩戸ひらきとはこのことであるぞ、少し位は人民つらいであろうなれど勇んでやりて下されよ、大弥栄の仕組。

って、あれれー???

もう岩戸は開けてゐる」って書いてある―!笑

 

それって、以前に書いたアセンションのブログのように、

「アセンションはすでに訪れている」説と同じだー!笑

うそーん。笑

でも確かに先日ブログで書きました、

アセンション=ポールシフト説の話とつながる部分がありますね。

 

「半霊反物質の世界に移行する」という部分が妙にケミカリーなのは、

ポールシフト的なことが起こり、磁場が変わって何か物質的な変異があるのか、

または生物の細胞・物質の化学的な組成が変わり突然変異的なものがあるのか、

そんなことを想像させてくれます。

 

でもおかしいですね、「半霊反物質の世界に移行する」と書かれていますが、

どう考えても今の現代は「半霊反物質」の世界ではないですから、

やっぱり未来の話なんでしょうね~。苦笑

 

なので、「岩戸は開けている」と言ってるけど実は半開きとか!?苦笑

 

ていうか「半霊反物質」ってなんだよ?って話ですよね。

しかも、その半霊反物質が「生まれつつある」ということは、

未来の話というか、きっと現在進行形の初期段階なのでしょうね。。。苦笑

っていうか、半霊反物質の人って誰?

一度、見てみたいな。笑

 

でも、「仮死の状態にして入れ替える」という部分も気になります。

この記述は非常に人為的です。

まさか、宇宙人の仕業!?

まさかねえ・・・。

謎が深まるばかりですねえ~。(面白すぎ。笑)

 

日月神示の流れをくむ預言書の存在

さて、ここまで日月神示について触れてきましたが、

実はですね、日月神示のような文体・内容・雰囲気の予言書は、

一つだけじゃないのです。

 

実は、岡本氏の入信していた大本教の教祖が、

大本神諭という経典を書いていて、それが非常に日月神示と似ているのです。

そこには、このように書かれています。

三さんぜん世界一同に開く梅の花、艮の金神の世に成りたぞよ。梅で開いて松で治める、神国の世になりたぞよ。日本は神道、神が構わな行けぬ国であるぞよ。外国は獣類のの世、強いもの勝ちの、悪魔まばかりの国であるぞよ。日本も獣の世になりて居るぞよ。外国人にばかされて、尻の毛まで抜かれて居りても、未眼が覚めん暗がりの世になりて居るぞよ。是では、国は立ちては行かんから、神が表に現はれて、三千世界の立替へ立直しを致すぞよ。用意を成されよ。この世はさっぱり、さらつの世に替へて了ふぞよ。三千世界の大洗濯、大掃除を致して、天下太平に世を治めて、万古末代続く神国の世に致すぞよ。神の申した事は、一分一厘違はんぞよ。毛筋の横巾ほども間違は無いぞよ。これが違ごふたら、神は此の世に居らんぞよ。

文体も似てますし、色々読んでいくと、

日月神示と似たような内容でもあり、

同じ流れの予言書にも思えるのです。

しかも、この大本神諭には次のような記述もあります。

天理、金光、黒住、妙霊、先走り、とどめに艮の金神が現れて、世の立て替えをいたすぞよ。世の立て替えのあるということは、どの神柱にも判りておれど、どうしたら立て替えができるということは、判りておらんぞよ。九分九厘までは知らしてあるが、もう一厘の肝腎のことは判りておらんぞよ

大本神諭は大本教という宗教の経典・神典ですが、

一般に新興宗教って「自分は他の宗教の流れを汲んでいる」なんて言わないですよね。

それを敢えて、天理教、金光教、黒住教、霊妙教、などと同じ流れであることを示しています。

 

黒住教は1814年、天理教は1838年、金光教は1859年、霊妙教は1863年、

そして大本教が1892年に発祥ですから、この1800年代の短期間に、

5つの似たような新興宗教が偶然にも興ったことになります。

場所も関西方面で近いですね。

 

しかも、「おふでさき」などの天理教の経典を読むと、

これまた日月神示や大本神諭と内容が似ており、

確かに、この1800年代に起こった新興宗教は、

どこかしら繋がっているかのようにも思えます。

 

ちなみにこれらは、野球の強い天理高校や、金光大阪高校の母体ですね

さらに天理教は(トヨタ自動車のように)本部のある街自体が、

「天理市」と改名されるくらい地域では身近でなじんでおり、

とても影響力があったことが推測されます。

 

これらの大本教や天理教などの経典の考察については、

やはり長くなりすぎるので別の機会に書きたいと思います。

 

でも実は、日月神示の後にも、同じような文体かつ内容の予言書があり、

しかも、ごく一般の人が書いており、そして出版されています。

その話もまた別で書きたいと思います。

長くなったので、今日はひとまずここまで・・。苦笑

 

 

ちなみにもっと日月神示とは何かを知りたい人は、中矢伸一氏の本がわかりやすいです。

僕も子供の頃、中矢氏の本で日月神示を知りました。

最近では、こんな本も出されてますね。

僕の場合、それだけでは飽き足りず、「原典を読みたい!」と思い、

分厚い原本も20年くらい前に購入しちゃいましたけどね。

全部読むのはかなりしんどいですけどね。

というわけで、今日は日月神示の入門記事でした。

ご参考になれば幸いです。

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