①漫画家を目指した大学時代と挫折の始まり

「漫画家を目指そう!」これが悲劇の始まりとは、

まさか小学生の自分には予測できなかったでしょう。。。

漫画を初めて描いたのは小学校3年生の頃だと思います。

K君という同級生がいて、彼がマンガを書いていたのを見て、

「面白そうだな」と思って真似して書きはじめたのが最初でした。

 

「漫画」と言えばボクの代名詞となってしまった…

K君は結局、4年生だったか5年生だったか覚えてませんが、転校してしまいました。

それまで僕のクラスでは「漫画」と言えばK君でしたが、

彼が転校して、「漫画」といえば僕の代名詞となりました。

 

漫画と言ってもくだらいない下手くそな落書きレベルの漫画です。

ジャンルとしては、ギャグマンガということになるでしょうか。

ヒーロー物の「○○マン」などという言うタイトルだったと思います。

やはり小学生の頃はウルトラマンやらデビルマン、仮面ライダーなどのヒーローものが全盛でしたからね。

それを真似たのです。

 

そのうち、クラスの友達を格好悪い主人公にしたギャグマンガを書き始めました。

少しだけ絵がうまくなってきたので、クラスの友達に似せたキャラを作ってマンガを描くようになったのです。

嫌がり泣いて怒る友達もいれば、面白いからもっと俺のこと書けという友達もいましたね。笑

下手くそでつまんない漫画なのに、自分が人気者になった気になって調子に乗ってましたね。

 

この中途半端な成功体験が諸悪の根源だったということを、このころはまだ気が付いていませんでした。

 

僕の漫画が弟や友達に与えた悪影響

小学生のころ、K君という友達の影響でマンガを描くようになったのですが、

このK君は変な特技を持ってまして。

先生に怒られたり友達とケンカして泣いてスネると、

なぜかその場で「体操座り」をして岩のように固まり、

下校まで頑として動かないという。。。苦笑

 

泣くとこれが見れるのでイジメっ子がわざといじめたりして、可哀そうでしたね。。。

このように小馬鹿にされちゃうイジラレキャラなので、あまりクラスに影響力がなかったK君。

一方で、僕が漫画を描くようになると、真似をする人がいっぱい出てきまして。。。

かなりの数の友達が影響を受けて、漫画を描くようになったことを覚えています。

 

僕のクラスでは、一時的な漫画ブームが起こったわけですが、

すごいのは、普段「絵」なんか書きもしないイジメっ子的な友達も、

ある日突然、「漫画を描いたぞ」って言って僕に見せてきたのは驚きましたね。笑

 

同じクラスメイトだけでなく、僕の弟もそうでした。

弟も小学生の頃から僕の真似をしてマンガを描くようになったのです。

両親には「お兄さんの真似してマンガなんか描くようになっちゃって。怒」なんて嫌な感じで言われてましたね。

でも、な、な、なんと!

今は美術のセンセーをしていますからねー。

絵で食ってるわけですからね、なんだよ、真似してよかったじゃないか! と。。。苦笑

 

なによりも結局、今も絵で食えてないのは影響を与えた張本人の僕ですからね。

情けない話です。。。

 

「大学デビュー」と言っても過言ではない

中学時代も漫画を描き続け、高校時代でしょうか、ついに漫画を描かなくなりました。

大学受験も思ったようにいかず、結局、関東の某・国立大学に入学しました。

専攻は法律でしたが、授業にはあまり出ずに、うまく単位だけを取るというそんなスタンスでした。

 

とにかく大学生活は天国でした。

お金は全くないけど、毎日が自由時間で、なんでもチャレンジできる環境でした。

まさに大学デビューで、ぼくは、今まで実家暮らしではできなかったことをやりまくりました。

 

そして大学に入学して2年生か3年生くらいだと思います。

せっかく実家の田舎から脱出して、文化の中心の東京に近い大学に入ったんだから、

もっとクリエイティブなことをしたいと思ったのです。

その頃から再び漫画を描き始めて、賞への応募や、出版社への持ち込みなどを始めたのです。

 

もちろん、大学の漫画サークルにも入ったのですが、趣味の範疇で満足する人ばかり。。。

次の一歩(プロ)を考えているような本気のクリエイティブなサークルではなかったのです。

そりゃそうです、地方国立大学と言っても、そこそこ優秀な学校でしたから、

卒業したら大手企業か官僚などの公務員になる人がほとんどです。

 

これは待ってても始まらないと思い、自分が中心になってサークルをいくつか立ち上げたのです。

学外サークルです。

漫画のサークルだけでなく、お笑い芸人、放送作家などを目指す人のサークルを立ち上げました。

クリエイティブ活動全般で、お互いで切磋琢磨しようと思ったのです。

 

サークルの仲間はTVに出たり成功していくが・・・

サークル活動というと、飲んで騒いで合コンやってとかそういうイメージの人がいるかもしれませんが全然違います。

そういうオバカサークルもありますが、僕が立ち上げたのは、本気のサークルです。笑

 

もちろん、サークルと言っても、ただ仲間になるだけです。

会って、色々と情報交換をすることが目的ですから、大したことはやりません。

ぼくはその会合を取りまとめたり、会誌を作ったりしただけです。

 

ちなみに、漫画サークルの何人かは漫画家さんのアシスタントに入り込んだりしてましたね。

そして一人はヤンマガで連載デビュー、もう一人はジャンプで賞をとりましたね。すごいですね。

 

お笑い芸人と放送作家のサークルには、ドロンズのI氏とO氏がいましたね。笑

ぼくは漫画がメインでしたが、お笑い芸人サークルの方が盛り上がってきた時は、

途中から「放送作家」もいいなと思ってネタや脚本を書いたりしていました。

そして、仲間の一人から「一緒に漫才をやってくれ」と言われて、

一度だけですが舞台に立ったこともありましたね。

 

もちろん、漫画も放送作家も、どっちも芽が出なかったのは言うまでもありません。。。

 

「◎◎になる方法」というものが確立されてない道

ところで、お笑い芸人になるには、今の時代は養成所や学校などがあります。

本気でなりたければ、養成所に入るのが早道でしょう。

放送作家も、今は専門に学べる学校がたくさんあるようですね。

当時はそういうものがまだ少なかったので、放送作家なんて、どうやってなるのかわからなかったのを覚えています。

ただ、面白い作品を書けば誰かの目に留まるのかな?とか、フワフワした感じで活動してましたね。。。

 

そのよくわかんない世界に不安を持ち、結局、「持ち込み」や「賞への応募」というわかりやすい方法のある漫画家や小説家への道に絞ることにしたのです。

しかも各出版社ごとに「賞レース」に参加できますし、「持ち込み」も可能ですからチャンスも出版社の数だけあるのです。

このシステムは芸人や放送作家と比べて、非常にオープンでわかりやすいし当たる確率も高いと思ったのです。

 

ちなみに、漫画とお笑いって親和性が高いんです。

今でこそ「鉄拳」みたいに絵を描く芸人がウジャウジャいますが、

当時は、メジャーなお絵描き芸人は皆無といってもいいくらい存在しませんでした。

あのとき芸人仲間と組んで、漫画としゃべりのネタを作ったら

「おっ、新しいね!」

なーんて注目されたりしたんじゃないかなあ、、、とか思う時もありましたね。

 

さて、このころからでしょうか、楽しいはずの大学生活に、焦りと、いらだちと、無力感と、、、

とにかく、何をやっても上手くいかないという感覚が芽生えたのは。。。

悲劇の始まりと言ってもいいかもしれません。

 

<オマケ>

むかし僕の主催してた漫画サークルの会報に載せてた4コマ漫画です。

「漫画家を目指した話」シリーズの末尾に1本ずつ載せてますので見てね。

 

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