劣等感を感じずに堂々と生きる方法

前々から思っていたことがあります。

それは世の中には人間の劣等感(コンプレックス)、つまり弱みに付け込んで、

商売をする人がいるということ。

もちろん、危険を避けるための商売は存在して然りですが、

必要以上に危険や不安を煽るのはどうかと思うのです。

 

そういうビジネスが徐々に無くなるのを期待すると同時に、

今日は劣等感を感じずに生きる方法も考えてみたいと思います。

 

コンプレックス商法とは

人の弱みに付け込んだビジネスのことを、

世の中では「コンプレックス商法」と呼びます。

これは昔からあり、問題視されているものです。

 

しかし、注意しないといけないのは、

危険なことを避けるためのビジネスだったり、

マイナスをプラスに転換するためのビジネスは、

コンプレックス商法とは言わないということです。

 

具体名を挙げにくいので、敢えて遠回しに書けば、

それを買わなくても人として何ら問題なく幸せに生きていけるのに、

敢えてそれを買わせるために、

あなた(またはあなたの環境)には大きな欠陥があり、

このままでは人生を台無しにするかの如く過剰に宣伝して、

販売する商品とでも言っておきましょう。

 

劣等感は誰にでもある

まず最初に言いたいのは劣等感は誰にでもあるということ。

なぜなら劣等感と言う感情は絶対的なものではなく、

その時の状況によって劣等感が生まれたり、

逆に消えてなくなったりするものだからです。

 

例えばSNS。

たまに、わざわざ劣等感を感じるためにSNSをやっているような人もいますが、

そういう人は試しにSNSをやめればわかります。

劣等感は消えますから。

劣等感とはそういう類のもの、つまり幻想なんです。

 

例えば、ハイレベルな営業成績を残した人が、

よりハイレベルな会社に転職した途端に営業成績が最下位になったら、

劣等感を感じるかもしれません。

でも、それを苦にして、次は逆にレベルの低い会社に転職したら、

劣等感は嘘のように消え去るでしょう。

 

このように、劣等感と言うのは他人と比べることで発生する、

他人がいなければ感じない、幻想のような感情であるので、

劣等感に苛まれて、あれこれ悩むのは非常に時間の無駄で体にも悪いのです。

つまり本来は感じる必要のない消し去るべき感情でもあります。

 

厄介なのは劣等感から生まれる他人への理不尽な攻撃

さらに厄介なのは、劣等感というものは、その性格ゆえ、

他人に対しての攻撃として現れるという特徴があることです。

 

その攻撃がまっとうなものであり、

または自分の身を守るための攻撃であればやむを得ないのですが、

時として不合理かつ悪意に満ちた他人への攻撃となるのです。

 

例えば職場などで、単に自分より優れた同僚に対する、

直接的な悪口や嫌味、嫌がらせなどです。

悪口を言われたり嫌がらせをされた相手からすれば、

なぜ自分が攻撃されたのかさっぱりわからないはずです。

酷い話です。

 

単に優れている人に対抗するために、

「自分は優れているアピール」をしたり、

「自慢話」をする程度ならばよくあることですし、

誰にも迷惑をかけていませんから問題ないのですが、

他人への直接的な攻撃になると危険の兆候だと思います。

 

そこで、今現在、劣等感に悩まされている人に言いたいのは、

その攻撃が劣等感から生まれるものならば、

ぐっとおさえて我慢するように心がけてほしいということです。

なぜなら、劣等感から生まれた行動がさらに人間関係を壊し、

余計に自分を自分で追い込んでしまうからです。

 

劣等感を感じなくする方法

こうしてブログを書いてる僕も、周りに対する劣等感はあります

でも劣等感から生まれる他人への批判だったり攻撃は、

それに気が付いたときは自分の気持ちを訂正するようにしています。

じゃないと結局、困るのは自分だからです。

 

劣等感を感じ無くするのは難しいです。

感じてしまうものは感じてしまうからです。

何事も優劣は必ずつきます。

でも、劣等感から生まれる二次的な悪い行動を制御することは可能ですよね。

 

とはいえ本音を言えば劣等感は感じたくないものです。

どうすればよいのかと考えたことも過去に何度かあるのですが、

実は今は劣等感を感じることも少なくなりました。

 

なぜかというと、これを書いてる時点で僕は40代なのですが、

40年以上も生きていれば、自分に自信が付くからです。

こんな自分でも40年以上も、この世の中で普通に生きてこれたんだなあ、

って思えるからだと思います。

 

20代の頃は何事も経験が少なくて、

誰がどれくらいの能力・実力があるかわかりませんでした。

そのため周りはみんなすごいんだと錯覚し、必要以上に周りを怖がり警戒し、

自ら劣等感を招いていたように思います。

 

でも、長年生きていれば、世の中にはどういう人がいて、

どの人がどのくらいのレベルで、また、どのレベルで頑張れば、

それに見合った評価を得られるか、だんだん世の中がわかってきます。

 

しかも、結果はどうあれ40年も生きてこれたわけですから、

昔はあんなに周りに怯えていたけど、「なんだ、今の自分でも生きてこれたじゃないか、

これからも無理に頑張る必要はないし普通にやっていけばOKじゃないか。」

ということに気が付くのです。

 

つまり、自分は自分で良いし、それで普通に生きていけるんだから、

誰と比べる必要もないと思い始めるので劣等感が減るのです。

要するに、現状で満足できるので、優劣で物事を考える必要がなくなります

 

『このままでいいのか!?世の中に取り残されるぞ!』

という世にあふれる煽り文句にも、

「いや別に大丈夫だし、普通でいいし、楽しく生きていけるし。」

と安心できるようになるのです。

 

人の不幸を理解できない人は存在する

それでも劣等感に苛まれるという人は、

誰かにそれを伝えるという方法もあります。

 

こんなに辛いんだということを誰かに知ってもらうと、

そうすることで、ただ気持ちがスっとすることもあると思いますし、

自分が思ってるよりも自分のウィークポイントについて、

周りは何とも思ってないこともあります。

 

とはいえ世の中には心の狭い人もいます。

「他人の不幸な話なんて聞きたくもない」

って人だっています。

それどころか、

「不幸アピールのつもりか? 自分の評価を下げるだけでバカのやることだ。」

なんて言う人さえもいます。

 

思うに、相手の気持ちをあまり理解できない人ってのは存在します。

そういう人は自分基準かつ損得で物事をとらえるので、

まあ、そういう人の個性だと考えれば仕方ありません。

そういう人に相談したのが間違いだったと思って、

自分を責めたり気にしないことです。

劣等感は誰にでもあります。

 

またはブログなどに書いてオープンにしてしまっても良いかもしれません。

オープンにすることで気持ちが楽になるかもしれませんし、

それを読んだ同じ境遇の人にとっては「自分だけではない」という安心材料にもなります。

さらに、自ら劣等感を克服したのなら、同じ境遇の人たちの希望の光にもなれます。

 

思うに、お笑い芸人って脛に傷のある人が割といて、

子供の頃に大きな劣等感を感じる経験をした人が多いですよね。

その劣等感を克服しようと思って、

敢えて逆に人に笑われる仕事である「お笑い芸人」になったという人もいます。

 

そこまでするのは大きな勇気が必要なことかもしれませんが、

自分のコンプレックスや劣等感をオープンにして、自らアピールすることで、

そんなことは大したことないんだと逆に頑張っていける環境を自分で作り出すのは、

一つの方法として有りだと思います。

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